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2011年10月4日

美に満ちた世界


魂が抜けそうに忙しい日々。
日曜日だけは、やりかけのことにも手をつけず、すべてを忘れてもさりと過ごす。
ガーディアンの土曜版を、さんさんと陽のそそぐベッドルームに寝転んで読んでいると瞼が重くなってきて、はからずもうとうととまどろむ。
『北風と太陽』の太陽のように、おだやかだけれど強い眠りの誘いに、少しはあらがってみる。
ほどなく降伏してみれば、眠りに落ちるときも覚醒するときも、ある感覚が私を満たす。
人も車も存在感を消し去った世界で聞こえるのは
暴君のような風の音、それからその強風になされるがままに大きくしなる、天を突くように高い樹木のざわざわという音。
わたしの寝転んだ位置からは、窓の外にはちょうどその木々だけが青空を背にして見え、ふと世界に自分と風とその樹木だけが存在しているかのような、不思議な感覚に落ちる。
幸福って、わたしにとってはこういう時間。



ある時、生きることの意味がわからなくなってしまったことがある。人がどんなときにこんなことを感じるのか知らないけれど、そんな迷路に陥ってしまうのはもしかすると生きることがサバイバルではない証拠なのかもしれない。でもとにかく、人生も曲がり角を過ぎていろいろなことが続いた後だった。
昔ある友人が生きることに頓着できないと漠然と感じていたときは、わたしは彼女の気持ちが理解できなかった。まだたくさん欲があったのだ。わたしにはいつでもどんな時でも生きる欲があった。
だけど決して揺らぐことのないものが揺らいだことのショックと自分の存在価値が見出せないことに加えて、大人になってから常に感じていた孤独感がこの上なく 存在感を持つようになり、毎夜明かりが消えてからもじっと暗い空間を見つめて、同様に暗い自分の心の中に目をすえる日々が続いた。


ある冬の日、積雪の中を買い物に出かけた。ぴりりと肌をさすように冷たく澄んだ空気は心地よく、誰も歩いていない純白の雪を踏みしめて歩くと、一歩進むごとに何かじんわりとあたたかいものが胸のあたりにわいてきた。そこでふと目についた、赤い木の実。どこにでもある何の変哲もない木の実なのにそれは周囲の景色から際立って見え、わたしはそこに立ち止まり、しばらくじっとふさふさとした真っ白な雪に小さく点々としている真っ赤な実とを見つめていた。それらはただそこにあって世界の一部として存在しており、儚いもののみが持つせつなさときらめきを放っていた。『じんわり』はすっかり胸を満たして、わたしは痛いけれども幸福という奇妙な気持ちを味わった。
自然は生を受けたらそれをまっとうすることが生きること。それはいつかは終わる。明日かもしれないし数百年ののちかもしれない。でも永遠にとどめておけないのが命というものであり、だからこそ尊い。そして美しい。
思えば人生にはこんな瞬間がいくつもあった。なんでもない日常の風景に胸が痛くなるほど感動する。そしてそんなとき感じたせつなさこそ、生きているという実感だったのかもしれない。

そんな私の人生観を見事に描いてくれている映画に出会った。
デザイナーのトム・フォードが監督した『シングルマン』。
エレガントでスタイリッシュ。美意識が画面の隅々にまでつらぬかれて、
無音声で眺めたとしても最後まで鑑賞に堪えそうなほど静謐で美しい映像。
主人公はアメリカの大学で教鞭をとるイギリス人男性。愛するものを亡くし、埋めようのない孤独感を抱えて生きている。心臓は規則正しく収縮し、脳は神経系の中枢としてその役割をきちんとこなしているが、彼の心に今も生きる恋人との美しい思い出は、喪失感を強めて彼を苦しめるばかりだ。
ある日彼は生きていても仕方がないと、死を決意する。今夜帰ったら死のうと、いつも通り大学に出勤する彼。そんな彼の目に映りはじめる美に満ち満ちた世界。そしてささやかな出来事が彼の孤独をやわらげる。
生きているのも悪くない、、、彼はそう思ったに違いない。そして訪れる結末。


この結末をどのようにとらえるかは、あなたが今人生のどこに立っているか次第かもしれない。

2009年  米映画

原題:A Single Man

監督:トム・フォード
主演:コリン・ファース